身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ~底辺家庭の東大受験~ 

塾なし公立中高一貫校合格。2024年塾なし【東京大学】受験。低学歴・低所得家庭の挑戦

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東大受験を塾なしで挑む!公立中高一貫校【体験談】~定期テストの考え方~

 

定期テストの考え方

 

定期テストを利用する

 

残り1年

 

今週、6年生になって最初の定期テストがありました。

(その辺りの記事は別に書きます……)

 

ほんの数日前、中高一貫校に入学したと思ったら、あっという間に最終学年になってしまいましたね。

 

私は子育て終了を大学受験までと決めていますので、残すところ後1年で息子の学校生活も私の子育ても卒業となります。

 

もの凄く寂しい気持ちと、もう何の手も掛からない安心感と、どちらも混在した心境となっておりますが、最後まで一緒に掛けがえのない時間を過ごしたいと思っています。

 

私の意図

 

私は学校の先生でも塾の講師でもない単なる一人の父親なわけで、おまけに学力もないので息子に勉強を教えることができません。

 

まして、東大受験を控えている息子に教えられるはずもありません。

 

問題を見ても、何が何だか全く分からないレベルです。

 

そんな私ですが、テストが終わると、その日のうちに

【どうだったか】

必ず聞きます。

 

これは息子が小学校の頃から変わらず、毎回やっています。

 

このもの凄く曖昧な【どうだったか】と、必ず聞く私の意図って分かりますか?

 

「そんなのテストの出来栄え(自信度)を聞くためだろ?」

と思う方が多いでしょうか?

 

 

それもあるのですが、私が聞くのは

【テストを出題する先生の意図と、その問題と闘った息子の頭と心の動きを知るため】

です。

 

これ、どういうことかと言いますと、息子が通う公立中高一貫校は定期テストの問題を返却しません。

 

皆さんが通う学校も同じでしょうか?

 

テスト終了後に先生が採点をし、後日授業中に一度生徒に返却します。

 

そして、極端に正解率の低かった問題だけを解説し、答案用紙は再度先生に返します。

 

ですから、家には持って帰れないんです。

 

これ、入学して間もなくは問題用紙と答案用紙が無ければ見直すこともできないし、復習すらできないから困りました。

 

どうしたものか?手の打ちようがないな……

 

なんて思っていたのですが、ふと我に返ったんです。

 

そもそも、問題用紙を見たって解き方を教えられないのだから、何の意味もない。

 

むしろ、問題用紙があったら

「この問題を間違えたのか?それじゃ、解き方を覚えてできるようにしよう!」

って、普通は考えないですか?

 

間違えた問題の復習をしようと思わないですか?

 

 

でも、それで良かったのは小学校までなんです。

 

 

中学以降は、それだけでは成長しないんですよ。

 

次に繋がらないんです。

 

 

何故だか分かりますか?

出題の意図との闘い

 

それが、先ほど言った

【テストを出題する先生の意図と、その問題と闘った息子の頭と心の動きを知る】

ことに繋がるんです。

 

「え!?何を言ってるの。定期テストは授業で習った範囲からしか出題されないだろう?」

 

その通りなんですが、教科書の出題範囲を覚えたか?が問われてるのではなく、その覚えた基礎をどう使うのか?応用、発展までが問われるんです。

 

テストの時間は50分ですが、その中で授業レベルの基本から、応用、発展が問われます。

 

これだけを聞くと何だか普通に聞こえますが、学年が上がるごとに難易度もかなり上がっていきます。

 

ですので、間違えた問題を復習するだけでは次に繋がらないんです。

 

大切なのは、学校(先生)が求める力を知り、現状の自分に何が足りないのかを理解すること。

 

【問題の先取りではなく、先々に求められる力そのものを身に付けること】

 

「そんなのテスト問題も答案用紙も返されないのに、どうやって学校が求める力を知るんだよ!」

 

と思いますよね?

 

テストに向き合った事実を知る

 

ですから、子どもに

【テストにどう向き合ったのか】

をこと細かに聞くんですよ。

 

いいですか?

 

私のような勉強をしてこなかった人間は、テストで100点を取るために、間違えた問題の復習をするだけで終わりにしてしまいます。

 

でも、それだけでは同じことの繰り返しなんです。

 

大切なのは、先生が一体何のためにそのような問題を出題したのか?

 

【テスト作成者の出題する意図を読み取ること】

 

そして、テスト時間中にその問題とどう闘ったのか

 

【現状の自分を偽りなく知る(受け入れる)こと】

 

なんです。

 

「そんなの常識だよ」と、当たり前に意識している家庭もあるかもしれませんが、私はそうやって意識の差別化を図ってきました。

 

塾に通ってこのような意識まで植え付けられているような生徒は別ですが、ごく一般的な生徒はここまで考えていません。

 

そして、これらは一夜漬けで身に付くようなことではありません。

 

ですから、気付いた時にはもう手遅れというほどの差が開いていくのです。